『Bの星線』林守大
1話の感想(WJ11号)
「熱情」溢れる意欲作。
話としては、ピアニスト版『ヒカルの碁』のような感じ。かつての天才ピアニストこと夜創が、ベートーヴェン(本物&生身!)と出会って……という感じ。
ベートーヴェンの只者ではない威圧感は十分で、キャラクターとしては作品を引っ張る強い力がある。節々に挟まれる引用や解説は、落ち着いた立ち上がりをうかがわせて好印象。ピアノの進化なんて、自然に触れるのは難しい部分で新鮮な知識だし。
総じて勢いがあり、単話としての面白さは格別。さすがは読切の名手、林先生といったところか。あとヒロインというか絡んできた女の足がふっとい。
絵。ベートーヴェンだけ画風が粗い。元の絵は比較的丁寧に描かれているので、演出としての狙いだろう。ただ、元の絵が安定しているタイプではなく、ベートーヴェンのインパクトに引っ張られることで、作画が荒れているような印象を受けてしまいがち。というか、そう見える。しょうがないけどね。描いていけば馴染んでくる。
総じて、ベートーヴェンのキャラに全てを懸けた漫画で、その目論見は1話時点ではある程度成功したと言えよう。
懸念点としては、そもそもベートーヴェンがどうやって蘇ったのか(描写的には聴力回復して死の床から復活)、なんで交響曲の「運命」をピアノ編曲したものをすらっと弾いているのか等、次週から触れるべき部分が山ほどあること。せっかくだから音楽家はじゃんじゃん蘇って欲しいが(ドビュッシーとラフマニノフ希望)。
184としては、ベートーヴェン「そのもの」が蘇っていることが気になった。要所の語りは作品としては結構な出来だが、本人にそれ言わせる?という部分にやや抵抗があった。そもそも、「現代に有名人が蘇る」という発想自体がやや軽薄な感がある。でも、『バキ』の宮本武蔵とか他の漫画でも本人登場はままあるし、気にしすぎかなあ。
最後に、最大の課題。肝心の演奏シーンの描写(演出面でもシステム面でも)が、現時点では完全に『PPPPPP』に負けている。
そもそも、音を漫画に落とし込む行為自体が至難の業であることは疑いようもない。その中で、いかに視覚的、感覚的に、演奏による情動を読者に伝えるか。ここに作者の腕が試される。
本作の今週の描写では、音の表現は画面の誇張に終始している。『PPPPPP』はその先に「ファンタジー」というシステムを生み出した。「領域展開」とか言われてたが、演奏するキャラクターの実力(「ファンタジー」は天才でなければ発現せず、音符の変形や視覚的表現に留まる)、心理を演奏に関連付けて物語の俎上に載せるシステムとして実によくできており、間違いなく「音楽」を少年漫画の「能力バトルもの」へと昇華していた。
ただ、『PPPPPP』において「ファンタジー」が機能し始めたのは1巻終わるかどうかくらいなので、時間的猶予はある。さて、『Bの星線』はどうなる。
1話掲載週のジャンプ全体の感想
2話の感想(WJ12号)
読切としての圧倒的完成度。
話。圧倒的。週刊連載の物語としては間違いなく質が高い。下に個別記事カテくらい詳しく書いてしまったので、暇の方は184の解釈もみてみて(気に入ってこんだけ書いてしまった)。
特筆すべき部分は、やはりベートーヴェンの力強さ。夜創の悩みはかなり真っ当な悩みで、終盤まで引っ張ってもいいくらいには回答にエネルギーがいる。そこを、ベートーヴェンによる音楽への壮大な解釈を通すことで相対化し、説得力のある回答が2話の時点で描写できる。ベートーヴェンならこのくらい言ってくれそうな期待感は前話の流れから生まれていたから、展開や発言に唐突さがなく、問題解決への光が差した解放感だけが残る。
終盤約4頁ほどの対話だけでここまで踏み込んだ葛藤を喝破するのは、ひとえにベートーヴェンの力強さと印象の強さに因るものだろう。単話で長編を読んだかのような充実感は、まさに読切の手法を活かした妙技であろう。
絵。やっぱ作画自体は粗くないし、ベートーヴェンが出ていない回想なんかは拙い印象を感じないので、世間の評価はやっぱりベートーヴェンの画風に引っ張られているような。でも、背景はやや白い。アシスタントを付けているのか知らないが、書き馴染んできたらもっと魅力のある絵が描ける先生だと思うので、特に心配していない。
ただ、どちらかといえば言葉で引っ張る作者さんなので、インパクトを求められがちな週刊連載でどれだけ評価されるのかは心配。演奏シーンも無く、1話で提起した課題は持ち越し。対話だけでも面白いので、「アフタヌーン」とかに載せたほうが評価された漫画ではあると思う。
ついでに。ベートーヴェン。人間として描いている気がしない。どうしてベートーヴェンが現代に……とかそういう展開を挟まないのなら、もしかしたら彼はベートーヴェンじゃないのかもしれない。でも、夜創にとっては彼こそがベートーヴェンになりつつある。ここも今後を注視。
今後の展開が全く読めない。週刊連載ならば長編も来るはずだが、どうやって展開していくかは注目である。
こっから下は逐次感想。読みたかったら読んで。
夜創の過去。ピアニストになるための抑圧された生活。実際のピアニストも未就学児くらいからみっちり練習させるらしいからなあ。誘惑の多い現代だとなおさらきつそう。才能はあったようで、すらっと弾いてるのは羨ましい。描写的には父親がピアニストってことかはよくわからないし、ここら辺は掘り下げればまだまだ出てくる部分。
一コマぶんの癒しの時間。父親が気づかないのは父子関係の確執を表すにはもってこい。喫茶店のピアノの音。技術が拙くとも、心を動かす音色はある。強制されずにピアノを弾く喜び。
小5夏のマスターの言葉は、咀嚼するたび面白い。ピアノを弾くことでピアノを支配するのではなく、ピアノに一番近い場所で寄り添うピアニストが良いピアニスト。そういう姿勢や心がけが演奏にも現れるんだろうなあ。
マスターを喪う。店の解釈としては、マスターが夜創くんとの時間を大事にしていたから、と取るのが誠実だろう。9月1日。夏の終わりは別れの季節。現実だとまだまだ暑いけどね。
フクシュウ。マスターの音を忘れないように。そうした結果、ピアノを「支配」してしまったのが皮肉である。夜創を下した逆水クロードくん。顔がこわい。結果だけみれば、夜創は二位になったからピアノを辞めたように見えるので、これは確かに印象には微妙なものがある。
そんなこんなでひねくれた夜創に対して、ベートーヴェンが一刀両断。楽器は音楽に仕え、音楽とは神の愛である。すなわち万民のもとにあり、求めれば応じる。そこに身分も貴賤もない。キリスト教のアガペー。神による隣人愛=万人に対する無償の愛。だから夜創は「烏滸がましい」。まあ、そんなに思いつめなくてもいいんだよってことをベートーヴェンは言っている。
(ちなみにベートーヴェンは敬虔なキリスト教徒じゃなかった…とwikiに書かれてるけど、宮廷に仕えるのが基本だった当時の作曲家の活動方法から脱却したことを鑑みれば、ベートーヴェンにとって音楽は貧富の区別なく届けられるものであっただろうし、その思想の根幹にキリスト教的隣人愛が関連していたとしても不自然ではないだろう。)
夜創は立ち上がる。見えなくなった星を見つけ出すために。こうして夜創の復活のための第一楽章が始まろうとしている。
2話掲載週のジャンプ全体の感想
3話の感想
挑戦的だが……。
まずは、『熱情』をお楽しみください。せっかくなので日本人の演奏で。
話。の前に扉絵。コーヒー豆60粒。好き勝手やりなさる。詳しく調べてないが、おそらくベートーヴェンの逸話に因んでいるのだろう。つかみとしては上々で、月刊誌ならば完璧なスタートダッシュと捉えられそうだが、週間少年ジャンプだとやや遅いかも。本題の玲瓏学園への話と独立しているのもテンポを損ねている。
話。順調。学園入学へ。やっぱりベートーヴェンの反応がいちいち面白い。そりゃモーツァルトも現代で「生き残っている」ことにはしみじみするだろうし、ストラヴィンスキーみたいな現代音楽に片足突っ込んだ曲が異様に思えるのも無理はない。
高杉さん(メガネ)も切り口としては珍しく、ブランクは大きく超えることは難しいという説得の仕方。184も多忙で最近二か月くらいピアノをさぼっていたら、暗譜していた『トロイメライ』が4割ほどまっさらになっていて復旧に骨を折った。夜創くんにはそんな低レベルの懸念ではなく、「過去の天才・夜創一郎」を越えられるのかって話だが。ピアノはほんとに、継続しないとすぐ弾けなくなるってことよ。もちろん夜創もそんなことわかってるだろうが、面と向かって改めて言われると、決意が揺らぐのは無理もない。
そこに乱入するのはベートーヴェン。展開としてはいわゆる「師匠パート」のようなものでそこは結構なのだが、ベートーヴェンも耳が聴こえなかったはずで、そうなるとピアノも数年は弾いてなさそうだが、そこらへんはまあ、いいか(聞こえなくてもひいているレベルでもおかしくないか)。
絵。特に言うことなし。
ひとつ。テンポが気になってきた。流石に今週は入学か、せめて弾くところまで行って欲しかった。3話で主人公どころか演奏パートが1回しかないのは、インパクトの面でだいぶ厳しい。イントロが各話数ページあるせいかもしれない。全体的に月刊誌の作り方をしていて、なかなか演奏面での面白みが見れないのはじれったい。
あと、今回の演出はややこじつけ感が残る。電車は特にモチーフとしてベートーヴェンに関係あるわけでもないしなあ(ドヴォルザークに繋げたら面白かった)。こういう単話ごとのモチーフを出して話と絡める技巧も月刊誌っぽいんだよなあ。ジャンプだとでかい一枚絵があればそれで印象持ってけるので、そっちのほうがウケるし評価されるのは雑誌のカラーかな。
演奏シーンの演出がよっぽどよければ一気にまくれる。来週が勝負。
序盤を通して
ゆったりとした積み上げ、演奏よりもストーリーを重視する構成、前述した導入部分……総じて月刊誌の作り。「音楽もの」という変化球の上にこの変則的な作りをのせて、どう評価されるのか。これはやってみないとわからない。そこに週刊連載のライブ感がどう作用するか。ストーリー重視とはいえ演奏シーンは最重要なので、ここの演出に驚かされたい。そこまでやった上でアンケートが取れないなら、もうそれは需要が無かったということで。
連載前の印象
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